今回は女性ホルモンの一種、エストロゲンの話です。
女性アスリート向けに書いていますが、男性にも読んで欲しい内容です。
ステロイドの一種エストロゲン、便宜上女性ホルモンと呼んでいますが、実際には男性の体内でも生成されています。作用としては、脂質代謝制御、インスリン作用、血液凝固作用、中枢神経(意識)女性化、皮膚薄化、LDLの減少とVLDL・HDLの増加による動脈硬化抑制、乳腺細胞の増殖促進、卵巣排卵制御…っともうここにはとても書ききれないレベルで働いてくれています。
さて、このホルモン、女性アスリートにとってなぜ重要なのか。このホルモンの厄介な点は、
「1ヶ月の間に急激に分泌量が変化する」ところです。
女性ホルモンは”急激に”変わる
左記は1ヶ月の女性ホルモンの変化を示しています。黒色ラインはエストロゲン、紅色はプロゲステロン と呼ばれ、どちらも女性ホルモンに分類されるものです。
排卵期と呼ばれる月経が終わった直後は、女性の分泌量は男性よりも少し多い程度ですが、そこから排卵にむけて分泌量が急激に増えていきます。その変化はほんの数日間で起き、量としては元の数倍、人によっては10倍以上増加するひともいます。排卵、月経が終わるとまた元の分泌量に戻っていきます。女性はこのサイクルを毎月繰り返しているのです。
女性が月経に振り回されるのも納得です。たった数日のうちに生体内のホルモン分泌が変わるため、精神的にも身体的にも大きな影響を受けます。しかもそれが毎月やってくるのです。
女性は毎週変わっていく
おそらく女性アスリートは経験あると思います。月経周期に伴って、身体の感覚が変わる、同じ動きができなくなる、フォームが変わるなど…。これはとても自然な反応で、女性ホルモン及びそれに関連するペプチドホルモンは靭帯に作用し関節の可動域を変えてしまいます。そのため、いつもと同じ感覚で筋肉を動かしても同じ動作が再現できなくなるのです。しかもその変化は日単位で起きます。昨日と同じ動きが今日できなくなるのは、女性の生理学的変化を考えると至極当たり前なことです。
女性の身体は1ヶ月の間で驚くほど変化します。女性ホルモンが変動すると言うことが女性アスリート自身のみならず、それを指導する側にも欠けている視点だと私は思います。
ピルは避妊薬ではなくホルモン調整薬
このホルモンの急激な変化を改善してくれるのが、「低容量ピル」です。ピルと聞くと、避妊薬のイメージが強いと思います。事実、ピルは非常に有効な避妊法であることは変わりませんが、ピルの真の姿は「女性ホルモン調整薬」です。女性アスリートにとって低容量ピルは健康の面でも、競技パフォーマンスの面でも多くのメリットをもたらしてくれます。
1. 月経量を減らし貧血の予防
低容量ピルは経血量を減らす作用があるため、月経で喪失される血液を体内に残しておくことが出来ます。
女性アスリートは全般的に貧血に悩まされるリスクが高く、特に体重コントロールを要求されるスポーツ競技者では顕著にその危険性は高くなります。具体的には、審美競技(バレエ、新体操、シンクロ等)や体重が有利とされるスポーツ(長距離ランナー、自転車ヒルクライマー等)の方々は、体重を維持するために鉄分摂取が不足がちになり、貧血に晒されている可能性もあります。このように、我々は血液を毎月失っているわけですが、経血量をコントロールすることでこういった貧血のリスクも下げることが期待できます。
2. 骨盤筋群のズレを予防しフォームの安定
女性ホルモンは骨盤周囲の筋肉や靭帯に作用し、柔軟性を変化させます。
なぜ女性ホルモンと靭帯が関係しているかというと、出産が関わっているからです。人間の胎児に対して女性の骨盤は非常に狭くなっています。その狭い骨盤を広げるために出産時には多量の女性ホルモンが分泌され、靭帯を柔らかくして骨盤を広げるように作用します。
この靭帯を柔らかくする作用が作用するのは骨盤だけではなく、他関節の靭帯も柔らかくする作用があります。サッカー選手を対象とした研究では、月経の時期によって膝靭帯損傷の発生率が変わることがわかっています。
女性の場合、月経周期に合わせてわずかですが骨盤周囲の可動域や角度が変化しています。この変化はわずかで、多くの女性は気づかない程度です。しかし、日々身体を酷使し、身体のわずかな変化も感知する繊細なアスリートであれば、このわずかな変化を違和感として感じ取るでしょう。低容量ピルの内服はこのわずかな変化も抑えてくれる作用があり、フォーム並びにパフォーマンスの安定が期待できます。
3. PMSの予防と月内変動を抑える
低容量ピルはPMS(月経前症候群)に対しても有効です。PMSは程度も症状も個人差が大きく、人によっては寝込むほどです。精神状態の変化もあり、性格の変容(攻撃性が増す)や抑うつ気分なども報告されています。トップレベルでのスポーツではこういった身体・精神が不安定の状態であると、冷静な状況判断ができず、勝敗を左右することすらあり得ます。低容量ピルは女性アスリートの身体と精神に対して安定をもたらしてくれる可能性をひめているのです。
低容量ピルは様々な種類がある
ここまでメリットをお話しましたが、当然デメリットもあります。
しかし、総合的に見ても、女性アスリートにとってはピルからうける恩恵がデメリットを上回ると個人的に考えています。体質的に合わなかったという方もいらっしゃるでしょうが、ピルには多くの種類があります。ご自身にあった物を見つけられるまで幾つかの種類を試していただきたい。それくらい生理の悩みから開放されることは素晴らしいことです。
参照:
Gian Nicola Bisciotti et al. Anterior cruciate ligament injury risk factors in football
J Sports Med Phys Fitness, 2019 Oct;59(10):1724-1738.
D R Leblanc et al. The effect of estrogen on tendon and ligament metabolism and function. J Steroid Biochem Mol Biol. 2017 Sep;172:106-116
Naama W Constantini et al. The menstrual cycle and sport performance. Clin Sports Med .2005 Apr;24(2):e51-82,
[…] ピルのお話しはこちらも参照ください。 […]